こんにちは、エートスです。
今日、仕事で外に出て事務的な書類手続きをしていたとき、隣の窓口で「書類の期限が切れています。この後どうするかは5番窓口で相談して下さい」と、受付職員が返答しているのが聞こえました。
そのように返答された書類を提出していた女性は「期限が切れているとはどういうことですか?そのような話は聞いていませんが」と問いただすと、受付職員が「5番窓口で相談してください」とバッサリと質問を受けることを拒否していました。
AIの時代の到来
出だしたから看護と関係なさそうな話から始まりましたが、上記の場面で隣で聞いていて感じたことは、「AIの時代が来たら、必要ない人材かな」という冷たい感情でした。
困っている人への対応を拒否する。看護としては決して行ってはいけない対応です。
しかし、臨床において、忙しい場面や認知症の患者さんが同じ質問を繰り返ししてくる場面ではどうしても、バッサリとコミュニケーションを拒絶したくなります。
それは今AIが人から職業を奪っていくとされる現代では危険な考え方です。
アップルウオッチの登場
アップルウオッチは画期的な商品です。今や心電図や酸素飽和度まで計ることができます。iPhoneやPCとの連携で色々な役割を果たすことができます。
看護業務という視点で見ると、看護師のバイタルサインという業務を代行してくれているようなものです。
アップルウオッチは心電図のモニタリングをするだけですが、AIの技術と組み合わせると、(法律的な壁は脇に置いておくと)医療的診断ができるようになるのも時間のうちです。
看護業務がAIに取って代わられる
話があちこち飛んでいますが、結論として何が言いたいかというと、「看護師の業務はほぼAIに代用してもらえる」ということです。
体温、脈拍、血圧、心電図、呼吸数、酸素飽和度といった看護師がバイタルサインと呼んで毎日計測するものは、電子機器及びAIが代用できる状況になりつつあります。
AI防犯カメラという技術は、万引きをしそうな人&買い物に困っている人を見つけるとスタッフに連絡がいきます。それに従いスタッフがその人に声をかけます。これによって、万引きの防止と顧客満足度向上を図っています。
レストランでは配膳ロボット・料理ロボットが登場してきています。一定業務であればAI管理されたロボットが業務を行える時代です。
実際医療現場でも、手術ができるAIロボットが登場しています。
AI防犯カメラと配膳ロボット・手術ロボットの技術を応用すれば、看護師の業務の大半は代用できると言えるでしょう。
癒しの領域もAI
日本看護連盟HPの会長マンスリーに
『「看護のこころ」を十分考慮したAI開発』
引用元:https://kango-renmei.gr.jp/monthly/12838
という一文がありました。
アザラシ型のロボットパロの登場で、AIは「癒し」の領域も対応可能であるという認識が医療の世界でも広がりつつあります。
今後、癒しもAIが行うことが普通になるのではないでしょうか。
正しいことの追及
看護師の業務は患者の命・生活を左右する決定場面となることが多いです。その意味では、過誤は許されないこととなります。
しかし、医療安全の考えでは現在「ヒトは間違いをする」が前提となっています。
そのため、人が間違えることがあっても重大な患者への損害を与えないようにする、というアプローチで、医療安全は対策を考えることになっています。
さて、AIはどうでしょう。人に比べて間違いを犯すリスクは極めて低いです。
どのような時でも、膨大な知識の中から冷静な判断が出され、その結果として導かれた行動をAIが指示し、ロボットが行動します。
正しいこと、効率的であることを追及すればするほど、その先にはAIに取って代わられる未来が待っています。
看護師に何ができるか
トラベルビーのラポールの考えが重要であると考えます。
対人関係の中での信頼関係の確立。
この要素を大事にしていかないと、看護はAIに取って代わられることになるのではないでしょうか。
特に終末期、慢性期、老年期の看護場面では、「正しい」ことより「信頼関係」が重要視される場面が多くあります。
一例ですが、臨地実習で看護学生が患者と深く信頼関係が結べていた。ある時看護学生が間違えた知識を患者に伝え、後で臨床看護師に訂正されることになった。
このような場面で、「学生さんが私のために一生懸命勉強して、考えてきてくれたんだから」と患者が許してくれることがあります。
学生だから間違えることもある、と患者の心の中で処理してくれているのかもしれませんが、場合によっては患者自身の生活や身体機能・生命に影響が出ないとも限りません。
それでも、学生を許してくれる寛容さはどこからくるのでしょう。
この場面では「正しさ」よりも看護学生が全力で看護を行おうと頑張っている姿に、患者がより良いものを感じてくれたからだと考えます。
すべてがこのようになるわけでありません。例外と言ってもいいでしょう。しかし、看護の中で正しさを追求するならば、看護師はAIには勝てません。
「正しさ」以上の価値となるほどの「信頼関係」を築く。
そこに、看護師の存在意義があると思います。
冒頭の受付職員の対応は、それこそAIの得意分野です。
インターネットでの申し込みで「○○エラー。入力内容を見直して、訂正してください」と表示された場面では申し込んだ人は指示に従うしかありません。
AIに入力内容を相談して妥協してもらおう、対応してもらおうと考える人は皆無です。申し込む側が何が間違いなのかを自ら追求して修正しないといけません。
忙しさや看護師の業務の多さを理由にして信頼関係の構築が後回しになるのであれば、それはAIによる業務代行が加速することになるのでしょう。
シンギュラリティ
シンギュラリティは人工知能が人類の知能水準を超える、AIが人類の生活を大きく変化させるといった意味合いで語られます。
もしシンギュラリティが起こるとしたならば、それは現在看護学生が看護師として働いている時代のうちには起こることでしょう。
その時、看護師はどれだけの業務をAIに奪われてしまうのでしょうか。
共感、傾聴、受容
人は理想論とは異なる判断をすることも多い生き物で、それを受け止め、そのうえで共に過ごすという判断を看護師には求められてくると思います。
共感、傾聴、受容というコミュニケーションの基本を大事にしていくことです。
今の看護学生はSNSの普及で、非言語的コミュニケーションを活かしたコミュニケーション能力が低下していると言われています。
しかし、AIが普及してくる未来に看護師に求められるのは、機械を介さない直接的なコミュニケーション能力でしょう。
課題山積です。
話が長くなったので、ここで終わりたいと思います。
それでは、看護師国家試験の合格を祈って!